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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)73号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告ら主張の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

1 原告らは、本件審決は、審決引用箇所をもつて「水硝子に凝固剤を予め添加してよい」との技術が開示されていると誤認し、この誤認を前提に、本願発明は引用例に記載された発明であるとした旨主張するので判断する。

2 本件審決が、引用例には、水硝子に凝固剤を予め添加してよい、との技術が開示されているとした根拠は、審決引用箇所をもつて引用例には水硝子に凝固剤を予め添加することが記載されていると認定判断したことに基づくものであることは、本件審決及び被告の主張から明らかである。

3 そこで、引用例の発明について検討するに、

(一) 成立に争いのない甲第二号証(引用例)によれば、引用例には、審決引用箇所を含む本件引用箇所が記載されており、その前後を含む文言は、「実際、本発明方法を実施するに当つては、石灰に水硝子或は水硝子に凝固剤を予め添加する事を除いては、土壌に対し各成分を添加する順序は特になく、適宜な手段によりこれらを添加混合し」と記載されていることが認められ、また、

(二) 同号証によれば、以下のような事実、即ち、「引用例の発明は、不良土壌の処理方法、特に関東ロームのように水分を多量に含み、それ自体では締め固めのできないような土壌を締め固め処理する方法に係るものであるところ、従来、右のような不良土壌を処理する物理的方法ないしは化学的方法が提案されたが、実際には、それぞれに欠点があつたこと、そのうちの化学的方法についても、生石灰を用い、あるいは消石灰と石膏を用いる方法も、強度の低下という欠点が避けられなかつたのに対し、引用例の発明は、化学的方法により、強度が大で、比較的短時間で十分使用に耐えうる強度を現出させることができ、安価で処理するという目的を達成することができたものであつて、その特許請求の範囲を、「結晶度の低い粘土鉱物を含む不良土壌に、石灰、石膏、水硝子及び水硝子を凝固させる作用を有する、塩化カルシウムを除く無機質或は有機質の凝固剤を添加混合し、締め固めることを特徴とする不良土壌の処理方法」とするものであること、しかして、右特許請求の範囲におけるような混合物が、短時間で十分な強度を現出させうる理由は、石灰及び石膏と土壌中のアロフエンあるいは加水ハロイサイト等の結晶度の低い粘土鉱物とが反応して、エトリンジヤイトあるいはセメントバチルスを生成する際、水硝子が、水硝子を凝固させる凝固剤の作用により、速やかに珪酸ゲルを生成し、これがエトリンジヤイトあるいはセメントバチルスを相互に強力に接着するためと推定されること」を、認めることができる。

(三) 右(二)に認定したところからすると、引用例の発明において、水硝子は水硝子を凝固させる作用を有する凝固剤の作用により速やかに珪酸ゲルを生成し、この珪酸ゲルがエトリンジヤイトあるいはセメントバチルスを相互に強力に接着する作用を果たすものであることが認められ、しかして、成立に争いのない乙第一号証(土木工学ハンドブツク)及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、水硝子と水硝子を凝固させる作用を有する凝固剤(以下、単に「凝固剤」という。)とからなる土質安定剤は、土壌の土粒子間に接着力を付加するものとして、換言すれば土粒子に対する化学的固結化作用を果たすものとして本願出願前、地盤改良の技術分野において周知のことに属し、かつ、この化学的固結化作用は水硝子と凝固剤とが反応して不溶性の珪酸ゲルとなつて凝結し、その際に各土粒子間を接着し、各土粒子を固結化するものであることは技術常識であることを認めることができるのであつて、してみれば、水硝子と凝固剤とからなる土質安定剤が土壌に添加混合される前に不溶性の珪酸ゲルとなつて凝固してしまうとなれば、土壌に対する土質安定剤としての作用、換言すれば土壌の土粒子に対する化学的固結化作用が全く果たされなくなることは明らかなことである。

それであるから、右(二)において認定したとおりの引用例の発明において、もし水硝子に予め凝固剤を混合し、したがつて不良土壌に添加混合する前にこの両者(即ち水硝子と凝固剤)の反応によつて不溶性の珪酸ゲルとなり凝結してしまうとなると、引用例の発明において行われる前認定の、エトリンジヤイトあるいはセメントバチルスを相互に強力に接着するという作用は果たされなくなることは、おのずから明らかなことである。

(四) ところで、前顕甲第二号証(引用例)によれば、「引用例の発明においては水硝子は溶液状のものでも使用することができ、凝固剤も溶液状で使用され、この凝固剤として塩化マグネシウムや重炭酸ナトリウムが例示されており、そして、引用例の発明は不良土壌、特に関東ロームのように水分を多量に含みそれ自体では締め固めのできないような土壌を締め固め処理する方法に係り、この処理手段としては不良土壌と、特許請求の範囲に記載の各成分とを適宜手段で混合するものであること」を認めることができ、しかして、右に認定した凝固剤である塩化マグネシウムや重炭酸ナトリウムは早期に水硝子と反応し、通常は数十秒から数分の間に凝結するものであることは技術常識に属するところであるから、してみれば、引用例の発明においては、水硝子・凝固剤とも溶液状のものを使用し、しかもこの凝固剤として数十秒ないし数分で水硝子を不溶性の珪酸ゲルにし、凝結させるものを使用する場合をも包含するものと解することができ、このことを、前記(三)に説明してきたところに併せ考えれば、引用例の発明において、右のような水硝子及び凝固剤を使用する場合には、もし、この水硝子に凝固剤を予め添加混合し調製しておくものとすれば、このように調製したのち、直ちに不良土壌に混合しないと、不良土壌に混合する以前にすでに珪酸ゲルとなつて凝結してしまうことは見易い道理である。

しかるに、前顕甲第二号証(引用例)によつても、引用例の発明において、水硝子に凝固剤を予め添加混合し調製した場合には直ちに不良土壌に混合することの旨説明するところを認めることはできない。

(五) 右(一)ないし(四)に認定ないし説明してきたところからすると、他に、本件審決が認定、判断するように、引用例には審決引用箇所において水硝子に凝固剤を予め添加することが記載されていると解すべき合理的理由を認めるに足る証拠はない本件においては、引用例の発明は、水硝子に凝固剤を予め添加混合するものではない、と認めるのが相当である。

4 果たしてしからば、本件引用箇所は、「水硝子に凝固剤を予め添加すること(あるいは石灰に水硝子を予め添加すること)は除かれなければならないが、その他の、土壌に対する各成分の添加順序は、特にないこと」、換言すれば、「土壌に対する各成分の添加順序については、特にないけれども、ただ、水硝子に凝固剤を予め添加すること(あるいは石灰に水硝子を予め添加すること)だけは除かなければならないこと」が開示されているものと解するのを相当とする。

したがつて、本件審決は、審決引用箇所をもつて、「引用例には水硝子に凝固剤を予め添加することが記載されている」と誤つて認定判断し、その結果、「これは取りも直さず珪酸ナトリウム水溶液に凝固剤を添加した溶液型の地盤改良注入用薬液のことであるから、本願発明の溶液型の地盤改良注入用薬液は引用例に記載されている」とした本件審決の認定判断は、結局、誤りである。

被告は、審決引用箇所の記載は、水硝子には凝固剤を予め添加しておく、との意味であると述べ、種々主張するところがあるが、叙上説示した理由により、右主張は採用することができない。

5 してみれば、本願発明は引用例に記載された発明であると認められるから、特許法第二九条第一項第三号に該当し、特許を受けることができないとした本件審決は違法である。

三 よつて、本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は正当として認容する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

酸性炭酸ナトリウムを用いて珪酸ナトリウム水溶液をヒドロゲル化させるに当り、マグネシウムの塩化物又は硫酸塩を共存させたことを特徴とする透明溶液型の地盤改良注入用薬液。

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